02 27 2010

計算通り!?

dscn1719.JPG「計算どおりだった」という言葉は、スポーツの会話の中で結構聞く話です。グリーン手前のエッジからアプローチショットをした人が、カップの近くに止まったボールを見て「計算どおりだった」と言うと、本当に上手く見えるし、その言葉を聞いた人は、心の中で「くそっ」と思ってもなかなか反論できません。ここで言う「計算」とは、いったいどういうものなのか、まさか写真にある電卓で計算してわけでもありません。

1ヶ月ほど前にラウンドしていたときのことですが、15~20メートルぐらいのバンカーショットを打ったら、たまたま上手くいってカップの近くにボールが止まりました。そのホールが終わった後、いっしょにプレーしていた人が「あのぐらいの距離のバンカーショットは、ボールの手前何センチぐらいにヘッドを入れるのか?」と私に聞いてきたのですが、 私はボールの手前何センチぐらいにヘッドが入ったのか全然記憶にないのです。それに、ボールを見てショットしたのか、砂を見てショットしたのかさえ覚えていないのです。

7番や9番アイアンでランニングアプローチをすることが時々ありますが、調子のいい時はボールの落としどころを考えていないようです。ショットし終わった後、最初のバウンドがどこか分からない時は、大体調子のよい時です。初めて行ったコースなどで、グリーンの奥にボールが行って、下りの難しいアプローチが残った時など、ボールの落としどころを考えた時は、たいていの場合ボールはカップに寄ってないようです。

落としどころを考えると、何故私の場合はいい結果がでないのか?おそらく、複数のイメージを持たなくてはならなくなるからでしょう。落としどころのイメージと、ボールからカップまでのイメージの2つを頭に浮かべながらショットしなければならず、シンプルにボールを打てなくなります。シンプルに打てないということは、ボールまたはショットに対する集中が減ることと考えていますから、思ったとおりの力がボールに伝わらず、結果は芳しくありません。

「どこにボールを落として、その後ランでピンに寄せる」というより、「ポンといって、ツッツッーとピンによって行く」というような感じのほうが、よい結果が出るように思います。 感覚を大事にして、全体を漠然と捉えたほうが、計算しづらいところまで、逆に「計算」出来るのではないでしょうか。

02 18 2010

「数字」の弊害

dscn1648.JPG前回は「知識の弊害」でしたが、今回は「数字の弊害」という話です。

4年近くに及んだスランプの始まりは、自分の打っているボールの切れのなさや、勢いのなさにだんだん我慢できなくなり、もう一度「ああ、いいボールだ」と思えるようなショットを打ちたい、そのためにヘッドスピードを上げようと決意して練習をはじめ、そして目標としていたヘッドスピードを超えたときに、さらにその上のスピードに目標を上げて、速く振ろうとした瞬間から大スランプが始まったのです。写真にあるヘッドスピードを測る機械に、「52.2」と表示されて、自分では最初は信じられなかったのですが、今の感じで「52.2」が出るのならば、もう少し速く振れば「53」や「54」という数字が出るのではないかとか思い、速く振る練習を始めてひどい状態に陥っていったのです。

ヘッドスピードを上げようと決心したのが、平成16年の暮れでした。それから練習をはじめ、夏になったころにはラウンドしていても、ボールがよくとぶなという印象を持ちましたが、その時はまだヘッドスピードを測っていませんでした。そして、初めてヘッドスピードを測ったのが、平成17年の7月の終わりか8月の初めで、いきなり「50」という数字が出て、最初は器械が誤動作をしたのではないかと思ったことをはっきりと記憶しています。

このあと、自分の目標はヘッドスピードを測る器械に「53」とか「54」という数字が出ることに変わったのです。技術的な面から言うと、ヘッドスピードを上げるためには、身体の力、特に腕の力を抜いて身体の中心の力でボールに力を加えることが一番大事なのですが、ボールを遠くに飛ばそうではなく、クラブを速く振ろうということに意識が変わったところから、腕の力を抜いてヘッドスピードを上げたにもかかわらず、知らず知らずのうちに腕の力でクラブを振ろうとしていたのです。

スピードを目標にすることのもう1つの危険は、クラブヘッドの芯にジャストミートすることではなく、目標はスピードを上げることですので、いつの間にか私のスウィングはジャストミートできないひどいものに変わっていきました。いくらスピードがあっても、芯に当たらなければボールは飛ばないことを知っているつもりでも、スピードを上げることに夢中になっている間に、一番大事なことを忘れてしまって練習を繰り返していました。

ゴルフのレッスンを見ていても、よく「数字」が出てきます。トップオブスウィンウグでは、右足に80%、左足に20%体重を乗せてとか、肩は90度、腰は45度回してください、などです。具体的に数字を示されると、これからしようとすることが明白になって、どんな練習を、すなわちフォーム作りをすればいいのか分かりやすいようですが、ここにも大きな落とし穴があります。

右手でボールを投げようとする時は、無意識に左足を上げますが、それは大きなパワーを出すための自然な動きであって、右打ちでボールを打とうとすれば、左足をヒールアップして体重を右足に乗せて、そしてボールに大きなパワーを加えようとするのは、ゴルフも野球も一緒です。左足を上げるのは「自然な動き」であって、右足に体重を何%乗せようなどとは考えていません。

右足に何%乗せてとか、肩を何度回してとか、それを意識しながらスウィングしている人は、見ていてすぐに分かります。そういう人のスウィングは、躍動感が全く感じられませんし、「動き」自体に不自然さが感じられます。50mを何秒で走ろうとか、ボールを何十メートル飛ばそうとか、そのような「数字の目標」は全く問題ありません。頻繁に会話の中に出てる「数字」に注意してください。

私の場合、ヘッドスピードをあげる目標はやめにしました。ホームコースの法仙坊CCの1番ホールは、バックティーで約600ヤードの打ち下ろしのロングホールです。平成17年の6月か7月にツーオンしたのが最後です。今年の夏には、もう一度ツーオンしたい、これが今の目標です。

02 02 2010

「知識」の弊害

dscn1528.JPG ゴルフレッスンに関する本やDVDなどは、あちこちで販売されていますが、それらのものを読んだり見たりして、ゴルフの調子がよくなったという話はあまり聞いたことがありません(というより、今まで一度も私の耳に入ってきたことがありません)。あのドライバーに替えて距離が伸びたとか、方向性がよくなったという話は聞きますが、あの本のスウィングの解説を読んでから、調子が上がったという話は耳にしないのではないでしょうか。もっとも、スウィングは短時間でよくなったり、また悪くなるものではないので、理屈と調子の良し悪しの因果関係を把握するのは、難しい面があります。

私の息子は、野球に興味があり大学でも野球をしております。2人とも、俗に言う「肩が強い」方ではないので、もう少し速いボールが投げれるようになるといいのにと思い、私自身がいいピッチングフォームを身につける練習を2年ほど前に始めました。自分がある程度経験しないと、なかなかよいアドバイスが出来ないと思ったからです。

速いボールを投げるためには、肘が高く上がらなければならないので、ボールを投げないでフォームの練習を何度も繰り返しました。肘を高く上げるように何度も何度も練習しているうちに、写真のようにボールを持つ手が手のひらの方に曲がってきました。全く意識はしていないのに、気が付いたら手首が曲がっていたのです。日本ハムのダルビッシュ投手や、楽天ゴールデンイーグルスの田中将大投手などを見ても、投球動作に入る時、ボールを持つ手が手のひらの方に曲がっています。

ただ単純に肘を高く上げる動作を繰り返していただけなのに、手首が内側に曲がる非常によい「動き」になりました。私は、スポーツをやる上で、このことが非常に大事だと最近思うようになってきました。「こういうスウィングをしましょう」といわれたことを実行しようとするのではなく、凄く単純にボールだけを打つことを繰り返す、そうすることによって本当によいスウィングが身につくものだと思います。

ゴルフを始めた頃は、ボールもよく飛んでいたし、そんなに大きく曲がらなかった、そして1年もしないうちに100も切れたのに、最近は110も打ってしまった、 そのような人はまわりにきっといるはずです。私のところにレッスンに来る人の半分以上は、そのようは人です。青木功プロは、ゴルフのスウィングについて「上げておろすだけ」とよく言いますが、私もこの意見に賛成です。ゴルフのレッスンに、オンプレーン上にクラブをあげて、またそのプレーン上にクラブを降ろす、というものと正反対の考えです。

野球の王貞治氏も、バッティングについて「バッティングとはシンプルなものだ」とよく言われます。現役時代、とことんバッティングを追究した人がたどり着いた結論なのでしょう。私は、スポーツ科学を少し勉強したことで、例えば右打ちの人がバックスウィングで右の脇を閉めてはいけないことは、筋肉の仕組みから知っています。しかし、この「知識」がスランプ脱出に4年近い年月がかかったと言えます。一番大事な「無心」でボールを打つことが出来なく、何か考えながらボールを打つので、当然いいショットが打てなく、また考えてあれこれ試して深みにはまっていく、それの繰り返しをしていました。考えてスウィングすることが、知らないうちに「癖」になっていたのです。

今スポーツをする上で大事だと思うことは、まずやってみる、そしてやり続けているうちに、分かってくることがある、そのような練習が必要だということです。