2005.10月の記事

10 30 2005

名義変更料

写真:カントリークラブのネームプレート写真は、私がよくラウンドする法仙坊CCのネームプレートです。ゴルフ場の会員になるとき、名義変更料という名目で、結構高いお金を支払いますが、今回はこの名義変更料について考えます。

あるお客さんが、ショップのほうに相談に来られ、現在殆ど利用していないゴルフ場を処分したいが、ゴルフの会員権業者に聞いたら、物凄く安い値段でしか買い取れないとのことで、何とかならないものだろうかということでした。そのゴルフ場は、昭和40年代の前半にオープンしたコースで、現在の相場は30万から40万円ぐらいの相場だが、あまり売買はなく、買い取り価格は10万円ぐらいが限度だそうです。ただそこのコースの名義変更料が200万円で、それが相場価格を下げている理由の1つのようです。

名義変更に要する作業は何かといえば、通常のケースでは、ゴルフ場が入会に必要な書類を、入会予定者に手渡して、その書類に記入し、それをゴルフ場に提出します。ゴルフ場によっては、支配人などが面接を行う所がありますが、おおまかに言えば入会に必要な作業はこれくらいです。これだけの作業に、200万円の金額を請求する妥当性があるでしょうか。

2,3年ほど前に法律が変わり、簡易裁判所での訴訟が、司法書士でも出来るようになりました。債権金額は、140万円まで簡易裁判所で行えるので、その金額未満なら弁護士に頼むこともなく、以前より「気軽に」訴えを起こすことが出来るようになりました。

私のお客さんの預託金は65万円になっていたので、司法書士に頼んで預託金の返還請求をすることにしました。ゴルフ場からの答えがどのようなものになるか、非常に楽しみですが、もし、ゴルフ場が預託金の返還に応じたら、古くからのメンバーの証券の額面は、50万円や、65万円なので、同様に預託金の返還を求める人が増えるかもしれません。

ゴルフ場の側に立って、これらの預託金返還を防ぐ1つの方法として、名義書換料を200万円から100万円に下げると、会員権価格の相場は、間違いなく100万円以上上がるでしょうから、預託金の額面が50万円や65万円の人は、ゴルフ場に返還を求めるよりも、マーケットで売ったほうが多くのお金を手に出来ますから、返還請求する人はいなくなります。

今回の私の狙いはここにあります。ゴルフ場側が、返還請求を防ぐために名義変更料を減額すれば、メンバー個人個人の会員権の資産価値が、それぞれ100万円づつ上がるわけです。もし、メンバーが2000人いたら、100万円かける2000人は20億円となって、メンバーの会員権の価値が全体で20億円も上がるのですから、名義変更料の減額はメンバーにとって歓迎すべきことだと思います。こういうものを1つのきっかけにして、名義変更料の金額が適正化の方向に動けばと考えています。

No,0053

10 20 2005

私の失敗***後編

写真:ゴルフクラブ前回に引き続き、私がしたゴルフの失敗ですが、これは最近のことです。

写真は、私が練習用に使うドライバーで、スペックはヘッド容積300cc、シャフトはダイナミックゴールドライトX-100、長さ44インチ、スウィングウェートD3.5、トータルウェイト353.5gです。デカヘッドのドライバーで練習すると、スウィングの精度が落ちるような気がするので、これを練習用にしています。

アマチュア競技に参加していたのは、平成8年の6月までで、その年の5月から、女子プロの森口祐子さんが、弊社のクラブをトーナメントで使用するようになり、もっと他のプロにもアマチュアリズムを使ってもらおうと思い、トーナメントに行くようになって、自分のゴルフはめっきり減りました。その前の年の4月に腰を悪くして、4ヶ月ほどテーピングをして試合に出ていました。なかなか腰の状態がよくならず、腰をかばってショットするので、だんだん手打ちになり、数ヶ月で極端に距離が落ちました。6番か、7番アイアンでセカンドショットをしていたホールでは、ウッドを使ってやっと届くという、おそらく40ヤード以上飛距離は落ちました。

このような「悪いスウィング」のまま、ラウンドの回数が減り、練習もあまりしない状態で数年間が経過し、「ごまかしゴルフ」でラウンドするものの、自分の打つ情けないショットに段々我慢ができなくなり、昨年の年末にもう一度スカッとするようなボールを打とうと決心しました。「スカッとするボール」を打つためには、ある程度のヘッドスピードが必要であり、目標として、写真のドライバーを使って50m/hとしました。この50m/hという数字は、あくまでも目標で、実際には到達不可能な数字と思っていました。

ヘッドスピードを上げるためには、スウィングをよくするとともに、身体もしっかりしていなくてはならないので、肩関節および股関節周辺を柔軟にすること、バランスのとれた筋力トレーニングと、大腿部の裏側とお尻の筋肉を発達させるために、坂道ダッシュをしました。8月にはいったあたりから、ヘッドスピードを計測していると、時どき50m/hの数字を見ることがあり、最初見たときは信じれませんでした。50.6m/hとか、51.2m/hの数字を見ると、うれしさと同時に、もっとスピードが出るのではないかと思い、そして、知らず知らずのうちに力みだし、自分がそのことに気がついたのは、9月に入るころでした。

いったん力が入ると、すぐには抜けず、随分ヘッドスピードが落ちました。今は、かなりリラックスしてボールが打てるようになりましたが、本当に遠回りをしたものです。

どんなスポーツでも、レベルアップしたら、すぐにその上を狙うのではなく、私の事例で言えば、ヘッドスピードが50m/hに達したら、半年か1年ぐらいは、それ以上のスピードを望まず、50m/hのスピードが、普通に打てるまで待たなくてはいけないのです。身体が、そのスピードに慣れるまで待つのです。そして、そのあとに初めてレベルアップに挑戦すべきで、好調から不調に転じる1つの原因として、レベルアップした直後に、さらなるレベルアップを目指して、スウィングなどのメカニズムを壊してしまうことがあります。

1人で練習する難しさがここにあって、ブレーキをかけるべき時に、かけてくれるのが本当によいコーチなのでしょう。

No,0052

10 09 2005

私の失敗***前編

写真:当店の練習場テレビドラマのタイトルのようですが、私が今までゴルフをするにあたって失敗してきたことを、振り返ってみたいと思います。

私が小学校4年生の時だと記憶してますが、現在のショップのある場所に、オヤジが練習場を始めました。打席から、正面のネットまで20mもないような小さな練習場です。学校が休みのとき、時どき練習をしていたのですが、小学校6年の夏休みに、初めてコースに連れて行ってもらいました。日本ラインゴルフ倶楽部の西コースを、レギュラーティーからラウンドして、空振りも全部数えて115ストロークでした。そして、中学校になると、通った学校が遠くて、あまりゴルフをしていなかったと思いますが、中学校2年の10月に違う場所で、新しい練習場を始めました。

練習グリーンとバンカーがあり、距離は70mほどのものでしたが、うれしくて休みの日などは、1日中ボールを打っていたように記憶しています。そして、中学校3年の夏休みに、レギュラーティーだったと思いますが、79というスコアがでましたが、ボールを打つのは週に1,2回で、コースも毎週行くことはなく、学校のある時は、月に1度ぐらいだったと思います。

そして、高校生になって2年生の時に、クラブ競技で70というスコアがでて、地元のゴルフ雑誌に写真入で記事が載り、人に自慢して見せていた記憶があります。

そして、高校3年生あたりから、ゴルフの「研究」を始めました。そして、それから大学を卒業するまで、安定したゴルフは1度もしていません。本や雑誌を読み、そこに書かれていることをあれこれ試していましたが、今振り返ると、まったくデタラメなことをしていました。毎日練習をしているので、時にはいいゴルフができるのですが、それがぜんぜん続かないのです。

ただ、大学時代に1度だけ正しい練習をしたことがあります。大学に入学して、1年からレギュラーになり、春のリーグ戦に参加して、自分の飛距離のなさに愕然としました。特に、現在はプロで活躍している、倉本昌弘(彼とは同年)選手と試合をした時は、ドライバーショットでは、50から60ヤードも離されるのです。

彼のスウィングを見ていると、トップスウィングでは大きくヒールアップをして、そしてダウンスウィングが始まった瞬間に、腰が目標の方向を向くぐらいの速さで回転したように、私の目には映りました。春のリーグ戦が終わるとすぐに、腰のターンを速くする練習に取り組み、10月の秋のリーグ戦に出たときは、春に対戦した他の学校の選手が、私の飛距離が伸びたことに驚いていました。おそらく、20から30ヤードぐらい伸びたのではないかと思います。そして、この秋のリーグ戦では、まあまあの成績を残し、日本アマで上位に入った選手にも勝ちました。

下半身の動きだけに意識を集中して練習したので、上半身の力は余分に入らず、クラブは遠心力の方へ「勝手に」動くので、軌道が安定してよいプレーが出来たのです。しかし、このあと本を読んだりして「研究」し、またスウィングを壊していくのです。

No,0051